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熊坂専修寺跡

最終更新日 2014年11月28日| ページID 006186 印刷する

概説

熊坂区の共有地になっている寺屋敷(600平方メートル)は、昔の熊坂専修寺(真宗高田派)の跡で、眞智上人の墓と納骨塔があります。
越前国内では一向一揆の戦乱が続き、朝倉氏は本願寺派と対抗していましたが、いつも高田派と結んでいました。この寺屋敷は一向一揆の最中永禄9(1566)年に朝倉義景が寄進した広大な屋敷の一部でした。眞智は皇室の出で、高田派の十世眞慧上人の養子となりましたが、伊勢(三重県)の一身田の本山の後継者になれなかったので、この要害の地に迎えられました。朝倉氏滅亡後、天正8(1580)年に柴田勝家が熊坂専修寺の堂宇を完成しましたが、眞智は翌年78歳で死去しました。
熊坂専修寺は太閤検地で寺地の多くを失い、丹生郡畠中(福井市)に移りました。その後、一身田専修寺との本山争いの結果敗れ、江戸幕府によって破却されました。そのあとは丹生郡大味(福井市)に移り、今は真宗大谷派の法雲寺と称しています。

概要

熊坂専修寺跡
指定区分あわら市指定文化財(史跡)
所在地福井県あわら市熊坂75字1番
指定年月日昭和48年3月15日
所有者・管理者熊坂区

場所情報