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吉崎の史跡その1

最終更新日 2008年12月11日| ページID 000467 印刷する

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吉崎御山の史跡紹介

御山

吉崎の千歳山は、通称「御山」と呼ばれ、1471年(文明3年)に浄土真宗第8代法主の「蓮如」がこの地に道場を開きました。それ以後、「蓮如」の布教活動の拠点となり、多くの門信徒が訪れ「吉崎御坊」と呼ばれるようになりました。
この御山には色々な史跡があり、閑散とした風景の中にも重々しい雰囲気を漂わせている魅力ある場所となっています。

高村光雲作「蓮如上人像」

12月の蓮如上人像

御山から見える景色「北潟湖と鹿島の森」

御山からの鹿島

春の御山 

春の御山(蓮如忌の頃) 桜の中の蓮如上人像

春の御山は桜でいっぱいです。蓮如忌のころには八重桜が見事です。

春の御山 桜の間から鹿島を望む

お山の桜は、隠れた花見の会場になっています。

桜の御山

吉崎御坊本堂跡 

文明三年五月、吉崎へ下向された蓮如上人は、この御山の地形が大変よいとして原始林を伐り開き整地をして七月二十七日から門徒衆の働きにより、かたのごとく御坊を建立し諸国から集まる多くの門徒に真宗の御法をおときになりました。
照西寺(滋賀県多賀町)の古絵図によりますと、本堂は南面し柱間五間、四面の正面中央に向拝があって、中に御本尊と親鸞聖人の御影像を安置し、本堂の西側に庫裏と書院があったそうです。吉崎御坊は1474年(文明6年)三月二十八日火難にあい、その後再建しましたが、翌年八月二十一日再び戦国の動乱で焼失し上人は四年余りで吉崎を退去されました。
その後、1506年(永世2年)三度火災にかかり御坊跡は荒廃のままとなりました。

吉崎御坊本堂の跡

静かな木々に囲まれる「本堂の跡」

冬の御山 雪の御山

雪におおわれる「吉崎御山」、その景色もまた素晴らしいものです。

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